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2008年7月

ライブの思い出 その7

 その7 黒夢


 確か15年前の2月頃だった。黒夢が初めて札幌に来たのは。しかも初来札ながら、2DAYSでのライブだった。


 ライブの前日に、札幌エジソン(現・GURUGURU)でサイン会を行った。俺はこのライブの為に正月休みを貯め込み、その日までに望んだ。サイン会の時にメンバーは一人一人に名前を聞いて、サインをしてた。しかも握手を求める時にメンバー(そのうち二人)は、両手で握手をしてくれた。そして翌日ライブである…。


 ところが二日ともチケットを購入したのだが、美容師のコンテストの練習により、俺は二日目のみしかライブに行けなかった。休みをとったにも関わらず、無理矢理(?)練習に出されてしまったのである。その為にチケット代を一日分損をしてしまった。


 それでも翌日にはちゃんとライブに行く事ができた。このライブには黒夢の前に、前半としてOf-Jがステージに立った。最初は客席はみんなシーンとした感じだったが、ライブが進につれ客も少しずつノッてきた感じだった。余談だがOf-Jのヴォーカルは、臣と以前一緒に活動していて、ギターは清春と人時と一緒に活動していた。またドラムは、後のFANATIC+CRISISの徹である。そして黒夢の登場だ…。


 まだ客の大半は、「中絶」と「生きていた中絶児」とオムニバスの曲しか知らない。だから当時はまだ新曲だった曲も、何曲かやったと思う。アンコールでは確か「中絶」や「親愛あるDEATHMASK」をやったような気がする。中でも「中絶」は、特に盛り上がったかな。俺は(初期の)黒夢の曲では一番好きなので、充分満足した感じだったね。


 この年の6月に、再び黒夢は来札をするのである。しかも今度は3DAYSで…。


 次回に続く…。

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ライブの思い出 その6

 その6 THE DEAD P☆P STARS


 確か年の暮れだったと思う。デッドポップが初めて札幌に来たのは。この時はメンバーが病気で倒れたり、交通事故で入院したりとツアーが危ぶまれたが、何とかメンバー全員揃ってのライブであった。


 本当は仕事を休んでライブに観に行こうと思ったが、日曜だった為(美容師の仕事だったので)に休みが取れなかった。もし残業になったら、早上がりさせてくれるという条件で、ライブに行く事を許可してもらった。でも(仕事が)早く終わったので、即効観に行く事ができた。


 会場はメッセホールで、客も結構入ってたと思う。そして開演時間になり、KENZI社長が最初に入場した。で、毎度お馴染み(?)のパフォーマンスを繰り出し、客を煽った。


 そしてライブが始まった。まあ結成間もないから、曲はそんなに多くはなかったかな。でもパンクありハードコアありポップありと、幅広い音楽性で攻めていったと思うね。


 途中インターバル(?)があり、社長がスタッフにヤキ(?)を入れるパフォーマンスをやった。そのヤキを入れられたスタッフは妖怪のマスクを被っており、俺はそのマスクが欲しいなぁと思ったかな(笑)。


 アンコールでSEX PISTOLSの「ANARCHY IN THE U.K.」のカヴァーをやった時に、地元のバンドマン数人がステージに上がってきて、さらに盛り上がった感じだったね。


 そして最後のアンコールで、代表曲「旗の下に(Quelle Fuckin' Drag)」を演奏した時に、サビがきた所で客は大合唱した。それで俺もその輪に入ろうとして叫んだが、声が裏返ってしまい前にいた奴に振り向かれ、ちょっと気まずかったなぁ(苦笑)。


 ライブが終った翌日に、俺は仕事の休みを取って(デッドポップの)サイン会に行った。俺はアルバムの歌詞カードを持参して、メンバーにサインをしてもらった。で、交通事故に遭いこの場に復帰したメンバーに、「お体気をつけてと下さい」と言ったら、そのメンバーはえらく恐縮してた感じだったかな(笑)。


 最後に、バンドで幅広い音楽性をうたうバンドがよくいるけど、デッドポップに関しては、本当の意味で幅広い音楽性だなぁと俺は思うね。


 以上、THE DEAD P☆P STARSのライブの思い出でした。

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独断と偏見ランキング豪華版(Gilles de Rais編)

 いきなりですが、独断と偏見ランキングを再開します。前にも言ったようにランキングの豪華版は、ベスト20という形でいきたいと思います。


 Gilles de Rais(ジル・ド・レイ)編


1:MELODY
2:BECAUSE
3:K3 NOISE
4:殺意
5:WILL
6:REALIZE
7:FOLLOW ME
8:UP TO DATE
9:PLEAZE-プリーズ-
10:ANIMAL BEAT


11:REMEMBER
12:De-lghit
13:SUICIDE
14:#19
15:NO FREE
16:BLACK LIST
17:MOONLIGHT LOVERS
18:PLEASURE SONG
19:崩れ落ちる前に…
20:CYBER PUNK


 と、こんな感じです。


 俺的にはジル・ド・レイのアルバムの中で一番好きなのは、断然「殺意」だね。全体的に攻撃的で、初期衝動な感じがよかったね。


 あと、知ってる人も多いと思うが、ジル・ド・レイはエクスタシー所属のバンドであった。最初に出した音源(ミニアルバム)は他のレーベルだったが、途中からエクスタシー所属になったのである。


 以上Gilles de Rais編でした。

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ライブの思い出 その5

 その5 Gilles de Rais


 確か1992年の11月だったと思う。当時インディーズで人気が高かったGilles de Rais(ジルドレイ)が、メッセーホールでワンマンライブをやった時だった。ちょうどこの時は仕事が休みだったので、「これは行かなきゃ」と思いライブに足を運んだ。


 ライブで演奏した最初の曲は、確か「BECAUSE」 だったと思う。この時はまだ音源化されていなかったけど(東京ではこの曲のシングルが無料配布されている)、なんか耳に残った曲だなぁと思ったね。


 勿論、この年の始めにリリースした「殺意」の曲も何曲かやった。だけど演奏を聴くと、チューニングが半音下げになっていた。「殺意」に収録していた曲はレギュラーチューニングだったのに、ライブでは半音下げチューニングであった。ちなみに今後に出た音源は、全て(チューニングが)半音下げである。


 ライブの中盤に差し掛かると、また耳に残る曲があった。「MELODY」という曲で、後のデビューアルバムに収録されている。この曲はなんかメロディアスで、ハードロックに通じる感じで非常によかったね。俺はGilles de Raisの中では一番好きな曲だね。それ以外も俺好みの曲を何曲かやったが、残念ながら詳しい事はあまり覚えていない。でも結構圧倒された記憶があるね。


 翌年(1993年)に、Gilles de Raisはアルバム「Gilles de Rais」でメジャーデビューするのである。アルバム2枚、ミニアルバム1枚、シングル(ビデオ付き)1枚をリリースして、1995年に解散した。


 考えてみればメジャーデビュー以降は、一度も札幌に来なかったと思う。それがちょっと心残りだったかな。解散後はメンバーそれぞれ別のバンドで活躍していた…。


 以上、Gilles de Raisのライブの思い出でした。

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ライブの思い出 その4

 その4 GARGOYLE 2DAYS


 GARGOYLEが札幌ベッシーホールでライブをやった四ヶ月後に、再びベッシーでライブを行った。しかも2DAYSであった。


 この時は9月の下旬で、俺はまだ夏休み(三日間)をとっていなかった。だから有給と夏休みを利用して、GARGOYLEのライブに観に行った。


 前回行った時と同じだが、GARGOYLEのライブの時は演奏が始まる前に、ステージに幕を張っていた(ベッシーの時のみだけど)。そして演奏が始まると幕が下り、客は盛り上がった。


 前回行った時は、ただジャンプするだけで声は出さなかったが、今回はつられて(?)声を出すようになった。覚えるのはギターの屍忌蛇氏が、「ないづくし」という曲で客を煽りまくった。本来は歌詞が「ラッセー!ラッセー!」という所を、「札幌サイコー!ベッシーサイコー!」という風に変え、客を盛り上げた。屍忌蛇在籍時は「ないづくし」が一番盛り上がったかな。


 普通はMCをする時はヴォーカリストがするのだけど、この時のGARGOYLEは主に(ギターの)屍忌蛇氏とベースのTOSHI氏だったと思う。そしてアンコールの時は、ドラムのKATSUJI氏も(MCを)やったね。だけどヴォーカルのKIBA氏は、初期の時は一切MCをしなかったと思うね。


 話しはライブの曲について語るが、(ライブの)初日の一曲目は確か「DOGMA」で、そして二日目の一曲目は「HALLERUYAH」だったかな。「HALLERUYAH」は2ndアルバムの「檄」と3rdアルバムの「璞」に収録されていて、基本的にライブで演奏するのは「璞」バージョンだが、一曲目の時はイントロのみ「檄」バージョンだったね(これについては通にしか判らないと思うけど)。俺としては、いつかこの「完全」バージョンで音源化してほしいと思うね。


 アンコールになると、メンバーは上半身裸になってたと思う。でもKIBA氏だけは白い装束を身に纏っていたかな。それでその装束をマイクスタンドに被せて、旗の様に振り回していたね。そして最後に客席にダイブをした(しかも背面で)。客に揉みくちゃにされながら、俺も便乗(?)してKIBA氏の顔を触ったかな(笑)。


 ライブが終わり、俺は満足して家に帰った。耳鳴りと筋肉痛と声が枯れた状態で(苦笑)。


 次はいつ札幌に来るのか楽しみにしてた俺であった。


 次回に続く…。

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ライブの思い出 その3

 その3 初めてのペニーレーン


 ベッシーホールでGARGOYLEを観に行った三ヶ月後に、ペニーレーン24でCOLORのライブに行った。この時はアルバム「Cherry's World」の発売記念(多分)ツアーで、ちょうど仕事が休みだったので、行こうかなぁと思い(ライブに)観に行った。この時のライブはカメラは禁止で、持ってる人は番号札を受け取り(カメラを)回収された。


 そして開演時間の時がきた…。


 SEでSEX PISTOLSの「ANARCHY IN THE U.K.」の曲が流れ、メンバーが次々と入場した。そして演奏が始まった。


 確かこの時は最新アルバムの曲中心だったと思う(当たり前?)。勿論初期の曲も、何曲かやったと思う。だけどメジャーにいた時の曲は、3曲しかやらなかったかな? まあメンバー自身、あまり(メジャーの曲が)気に入らなかったらしいからしょうがないと思う。


 ライブを見て気がつくとMCは一切せず、曲をぶっ通しで演奏してた。考えてみれば会場はペニーレーンなのに(キャパシティは500人くらい)、客が5~60人くらいしかいなかった。そして本編が終了した…。


 客はアンコールを望んでいたが、「本日のCOLORのライブは終了しました」というアナウンスが流れた。開演時間が6時半だったのに、終了時間が7時半過ぎであった。俺を含め客も、なんか消化不良だった感じがしたね。いや、それ以上にメンバー(特に社長?)が消化不良だったに違いない。何せペニーレーンというライブハウスに、客がこれだけしか入らなかったのだから、メンバーとしては不完全燃焼だったろう。


 ちなみにそれから二年半後、俺はGURUGUGUのライブスタッフとして、COLORのライブの手伝いをしたのである…。


 続く…。

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