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2008年10月

ライブの思い出 その44

 その44 ステージ累


 黒蜴蝶(くろあげは)とCARESS(カレス)のライブを観た半月後に、再びステージ累に足を運んだ。


 この時は地元からNERVOUS(ナーバス)とV-POSITION(V-ポジション)で、来札バンドはDOUGTHY(ダウティー)とMAZOHYSTERIA(マゾヒステリア)であった。マゾヒステリアに関しては、この年の3月行われた「妃阿甦集会」以来である。


 最初は札幌のナーバスである。ドラムはリズムマシンを駆使して、打ち込みを主体としたサウンドだった。覚えてるのは、ヴォーカルの身長が高かった事かな(笑)。


 続いてはV-ポジションである。これまでにデモテープを3本リリースしているが、そろそろCDがリリースしないかなぁと思った。でもその翌年に、待望のアルバムをリリースしたのである。


 続いてはマゾヒステリアである。この時期に1stアルバムをリリースして、それを引っ提げてのツアーであった。まだ粗削りながら、ポジパンに通じるサウンドを奏でていた。ちなみに前回のライブから、ドラマーがチェンジしている。


 トリはダウティーである。ツインギターの5人編成で、ハードロックに通じるサウンドを奏でていて、俺としては割と好みな音楽だったかな。マゾヒステリアと同様、1stアルバムを引っ提げてのツアーであった。


 全てのバンドが終了して、俺は物販の方に足を運んだ。そこでダウティーのCDを購入した。マゾヒステリアに関しては、グルグルですでに(CDを)予約していたので、ここでは買わなかった。


 そしてこの月の終わり頃に、俺はライブスタッフデビューをするのである。


 以上、ステージ累でのライブでした。

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ライブの思い出 その43

 その43 ステージ累


 札幌メッセホールでスタッフの見習いをした一週間後、再び「客」としてライブに足を運んだ。


 この日は黒蜴蝶(くろあげは)とCARESS(カレス)のライブであり、場所はステージ累であった。最初は地元のカレスで、結成してから間もないバンドである。サウンドはポジパンにも通じる感じだと思うが、あまりはっきりは覚えていない。


 続いては黒蜴蝶の登場である。来札はこの年の6月以来で、前回も観たのでかなり期待していた。ところがこの日の動員数は、わずか20人ほどしかいなかった。確かヴィジュアル系専門雑誌によると、「今まで動員が100人切った事がない」と書いてあった。でも辺りを見回すと、明らかに100人を切っていた。だから黒蜴蝶としては、史上最低の動員数だったに違いない。この時はアンコールに応える事なく、ライブはそのまま終了した。


 会場がメッセホールだったら、もっと動員があったと思う。やっぱステージ累だと交通の便の影響なのか、いまいち動員が伸びなかったのかもしれない。


 以上、ステージ累でのライブでした。

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ライブの思い出 その42

 その42 LITTLE VAMPIRE&堕天使


 1994年11月の半ば、札幌メッセホールでLITTLE VAMPIRE(リトル・ヴァンパイア)と堕天使のライブがあった。今回はライブを観るのではなく、スタッフの見習いとしてである。


 確か夕方の5時頃に会場に来て、すぐにスタッフの手伝いをした。バンドのリハーサルが終わり、しばらくしてから待っていた客を会場に入れた。


 そして開演時間になった…。


 最初はリトルヴァンパイアである。リトバンが札幌に来るのは、この年の8月のBATTLE MANIA 94以来であり、メッセとしては初めてのライブであった(はず)。このライブの直前にCDシングルをリリースして、それを引っ提げてのライブであっただろう。だけど俺はスタッフの仕事がいまいち分からず、バンドの方ばかり見ていた。それでスタッフに指摘された。だから、この次は気をつけねばと思った。


 続いては堕天使の登場である。堕天使は三ヶ月ぶりの札幌であった。さっきスタッフから言われた事を思い出し、この時は客の様子を伺っていた。でもぶっちゃけ客席を見ながら、演奏を聴いていたかな(笑)。


 ライブが終了後、バンドの機材の撤収準備に入った。確かリトバンの機材の撤収を手伝ったと思う。その時リトバンのギターが、「いやぁ、今日は寒いですねぇ」と俺に話しかけた。俺も「ほんと寒いですねぇ」とかえした。まあ無理もないと思う、前回来札した時は8月で非常に暑かったったのだから、たった三ヶ月でこんなに寒くなるとは思いもしなかっただろう。この時札幌は11月の半ばにも関わらず、雪がかなり積もっていた。その為かメンバーは、(機会車の)タイヤにチェーンを取り付けていた。


 全てが終わり、主催者のM橋さんがスタッフに日当を手渡し。俺は見習いの為ノーギャラだったが、貴重な体験をしたなぁと思う。機会があればまた(スタッフの仕事を)やりたいと思う俺であった。


 以上、LITTLE VAMPIRE&堕天使のライブでした。

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ライブの思い出 その41

 その41 札幌メッセホール


 1994年11月の初頭、札幌メッセホールでYOUTH QUAKE(ユース・クエイク)のライブが行われた。この時はユース・クエイクの他に、札幌を代表として、HARKEN KREUZ(ハーケン・クロイツ)とDURAN DOLL(デュラン・ドール)が対バンで出演した。


 トップバッターはデュラン・ドールで、この当時はまだ結成してから、そんなに経っていなかったと思う。この時はツインギター編成で、ギターの一人はグルグルのライブスタッフでもあった。ちなみに俺がこの時期に一緒にバンドをやってた奴が、このあと一時期ベーシストとして参加していた。また、後にバンド名をLEYVE(レーヴ)と改名するのである。


 続いてはハーケン・クロイツの登場である。これまで何度かライブを見ているけど、ライブの度に俺は最前列でヘッドバンキングをする為、メンバーにすっかり覚えてられていた。


 そして今回のメイン、ユース・クエイクの登場だ。ユース・クエイクはこの年の8月にやったイベント、「BATTLE MANIA 94」以来である。この時は飛び入りという形だった為、2曲しか演奏しなかったが、今回は7~8曲演奏したと思う。ところが3曲目に入った時に、ギターがトラブってしまったのだ。ギターがまともに演奏できない状態で、ステージは続いた。そのあと一時中断して、メンバーが客に謝っていた。メンバーとしては(特にギタリストが)この時は、非常に悔いが残ったライブに違いない。俺はこの次札幌に来た時は、今回の「借り」を返してほしいと思ったね。ちなみに数年後に出た新潟初のミニコミ誌のアンケートで、ライブの失敗談について書いていた。「札幌でのライブでギターがトラブって泣いた」と(笑)。


 ライブ終了後に俺は、以前希望していたライブスタッフについてスタッフに再び直談判した。それでスタッフは俺に対し、「じゃあ今度のライブで、見習いとして来てくれるかな?」と言った。そして俺は次のライブで見習いとして働くのであった…。


 以上、札幌メッセホールのライブでした。

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ライブの思い出 その40

 その40 ライブいろいろ


 ここではステージ累と札幌メッセホールでのライブ(レポ?)について語ろうと思います。


 美容師の仕事を辞めた一週間後(1994年10月の中旬?)に、ステージ累でKneuklid Romance(ニュークリッド・ロマンス)のライブに行ってきた。


 この時は地元のバンド、DUKE VAJRA(デューク・ヴァジャラ←スペルとバンド名、違ってたらゴメン)との対バンであった。最初はデューク・ヴァジャラで、後のDUKEの前身バンドである。当時のメンバーの平均年齢は18(多分)という非常に若く、ハードロックをベースにしたサウンドであった。覚えてるのは、ドラマーの髪型がリーゼントで、ちょっとヤンキー兄ちゃんぽかったという事かな(笑)。


 続いてはこの日のメイン、ニュークリッド・ロマンスの登場である。このライブの直前に、アルバム「Puzzle」をリリースし、それを引っ提げてのツアーであった(はず)。前年にリリースした、「LOVE SONG」に収録された曲と織り交ぜながら演奏をした(と思う)。


 でもこの日のライブはあまり動員はなく、4~50人くらいだったと思う。ライブ終了後に、いつものようにアンケートを記入し、それをスタッフに渡し会場をあとにした。


 それから一週間後、今度は札幌メッセホールで、Six O'Clock(シックス・オクロック)のライブに行ってきた。


 本当は札幌のバンドとの対バンだったが、札幌のバンドが都合によりキャンセルしてしまい、急遽ワンマンという形でのライブであった。


 このライブの直前にフルアルバムをリリースして、それを引っ提げてのライブだった。だけどワンマンであったせいか動員は少なく、確か20人くらいだったような気がする。本編が終了した後、アンコールに応える事はなく、そのままライブは終了した。


 シックス・オクロックのライブが終了後に、俺はグルグルのライブスタッフに、ライブスタッフの仕事を志願した。この時はまだはっきりした答えは出ず、次のライブに行った時に説明してくれると言った。


 以上、ライブいろいろでした。

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ライブの思い出 その39

 その39 札幌メッセホール


 1994年10月の始め、札幌メッセホールでライブがあり、俺は二日続けてライブに足を運んだ。


 最初の日の出演バンドは、BAISER(ベーゼ)、Red Tail Cat(レッド・ティール・キャット)、オキシドール、Blanche(ブランシュ)の計4バンドであり、俺はこのライブの為に休みをとった。


 最初はブランシュで、地元横浜ではDeshabillz(デザビエ)とクリシュナと並ぶ人気バンドであった。サウンドに関してはあまり覚えていないけど、ライブ終了後に物販でミニコミを購入した。


 続いてはオキシドールで、レッド・ティール・キャットのローディー(多分)バンドである。サウンドは先輩譲りの(?)キャッチーな感じだったと思う。ブランシュと同様、ライブ終了後に物販でデモテープを購入した。


 その次はレッド・ティール・キャットである。フリーウィル軍団の中でも、すでに中堅クラスに成長していた感じがして、今回は久々の来札であった。1stアルバムをリリースしてから2年近く経っていたが、最初に比べるとかなりポップになった印象を受けたかな。オキシドールと同様、ライブ終了後にデモテープを購入した。


 そしてトリはベーゼである。この年の6月にアルバム「接吻」をリリースし、今回が初の来札であった。ギターシンセを導入した5人編成で、個性的なサウンドを奏でていた。このライブの直後ドラマーがチェンジし、翌年にニューアルバムをリリースしたのである。


 このライブを観た翌日、Valentine D.C(ヴァレンタインD.C)のワンマンライブに行ってきた。ちょうど仕事は休みだった為、ライブに足を運ぶ事ができた。この時はメジャーデビュー後の初のライブで、一層サウンドに磨きがかかった印象を受けた。


 関係ないけど俺はこのライブを観た数日後、会社の人間とトラブルを起こし、会社を電撃(?)退職するのであった…。


 以上、札幌メッセホールのライブでした。

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ライブの思い出 その38

 その38 DIE-ZW3E


 1994年9月の上旬、札幌メッセホールでDIE-ZW3E(ディザイ)のライブが行われた。ディザイが来札するのは前年の11月以来で、この時はVogue(ヴォーグ)とのカップリングだったが、今回はワンマンという形であった。


 このライブが行われる前に、2ndアルバム「SIDE-B」をリリースした。多分、このアルバムの発売記念の全国ツアーだったと思う。この時は仕事だったが、早く終わったので、当日券でライブを観に行った。


 ライブで演奏した曲はニューアルバム(当時)は勿論、1stアルバム「Di・es I・rae」の曲も披露した。覚えてるのは、「SIDE-B」に収録されてる「10&10-風ノ向コウデ-」についてのエピソードだ。このバンドのヴォーカリストがMCで、友人が10月10日の日に交通事故により他界してしまった事について語った。だからこの曲は、天国へと旅立った友へのレクイエムじゃないかなと思うね。なんか人生いろいろっていう感じがした。


 言い忘れたが、前回札幌に来た間にベーシストがチェンジしている(ちなみに前任者はSOPHIAの黒柳能生である)。だけどメンバーチェンジをしても、それほど違和感はなかったと思うね。あと俺はどのバンドもそうだけど、ツインギターのバンドは、いったいどっちがリードで、どっちがバッキングだろうと思ってしまう。でもこのバンドは、曲によってソロを弾く者は異なるのである。


 10数曲披露して、本編は終了。その後アンコールでメンバーが再びステージに上がり演奏が始まると、なんと客電が点き始めた。なんか異様なんか光景だなぁと思ったね。ちなみにアンコールで披露した曲は、この時点ではまだ未発表曲であり、個人的には結構耳に残る感じがした。


 ライブが終了した後、いつものようにアンケートに記入してスタッフに渡し、その場をあとにした。そしたらハーケン・クロイツのメンバーと会った(多分ゲストとしてライブを観ていたのだろう)。俺はライブの直前に楽器屋でロッキン'fを購入していて、そこには一ヶ月前にやった「BATTLE MANIA 94」のライブレポが載っており、ハーケンのメンバーにその記事を見せてあげた。


 ちょっと話しが脱線したけど(苦笑)、ディザイは名古屋出身(本当は岡崎市だが)では一番好きなバンドだったね。


 以上、DIE-ZW3Eのライブでした。

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ライブの思い出 その37

 その37 ステージ累


 スリープのライブに行った10日くらい経った後、ステージ累というライブハウスに、二日続けて行ってきた。場所は札幌中心地ではなく、東区の新道付近であった。


 最初に行った時は、Penicillin(ペニシリン)とDeshabillz(デザビエ)とDEATHTOPIA(デストピア)の3バンドだった。


 仕事が終わった後、すぐにライブハウスに足を運んだ。だけど初めての場所だったので、ちょっと迷ってしまった。ようやく見つけた時に、ちょうどライブの開演時間だった。


 最初はデストピアで、黒蜴蝶とのカップリング以来であった。ライブを重ねる毎に、徐々に演奏力をつけてきたような印象を受けた。2番手はデザビエで、初の来札である。このライブの三ヶ月ほど前に、アルバム「神従者」をリリースしている。サウンドもわりとスピーディーな感じがしたけど、それよりメンバーの年齢に驚いた記憶がある。ヴォーカルは俺の一コ下(当時20くらい?)で、ドラムは俺の一コ上、そしてギターは18、ベースはまだ17だった。正直たまげたと思ったね(笑)。ライブの帰りに、彼らのデモテープとミニコミを購入した。


 この日のトリはペニシリンである。この頃からめきめきと頭角を表し、札幌でも人気は凄かった。この時演奏した曲は、全てアルバムに収録された曲だったが、充分な存在感があったと思う。ちなみに客の一人がメンバーに花束を渡していた。


 このライブを観た翌日、また同じライブハウスに足を運ぶのであった。


 翌日はTAI:LEN(タイ・レン)とTHE PIASS(ザ・ピアス)のライブである。演奏した曲は前に観た時とあまり変わらないと思うが、この時の客の動員数は、わずか20人ほどだった。まあ無理もないと思う。この時は確かペニーレーンでラルクのライブがあったのだから、大半はそっちに行ったのだろうと思ったね。


 それでもライブは結構盛り上がっていたと思う。しかし相変わらず常識のない(?)暴れ方をする奴がいるので、スタッフが強引に退場させていたような気がするね(笑)。


 余談だがステージ累は駐車場が近いから便利のような気がするが、実際は交通の便が悪く客足もイマイチだった。おまけにここで最低の動員記録を達成したバンドも少なくない。それから2~3年後になると、ステージ累は無くなってしまった…。


 以上、ステージ累でのライブでした。

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ライブの思い出 その36

 その36 Sleep My Dear


 堕天使のライブを観た翌日、今度はSleep My Dear(スリープ・マイ・ディア)のライブに行ってきた。


 この時はちょうど夏休み明けだったが、早く仕事が終わったので、当日券でスリープのライブに足を運んだ。その前に前座として、スリープのローディーでもある(多分)酸欠マンホールの登場だ。3曲くらい演奏したと思うけど、あまり印象にはなかったかな。


 そしていよいよ、スリープの登場である。スリープを生で見るのは初めてだが、そのうち3人はセッションの時に見ている。スリープの最初の印象は、サウンドが地元の先輩バンド、シルバー・ローズに似ている感じがした。だけどこの年の7月にリリースした、2ndアルバム「MIRAGE」で、それを払拭したように思えた。


 ライブの最初の曲は、確かニューアルバムの曲だったと思うけど、当時で一番(スリープの中で)好きだったのは、「Sleep My Dear」だったかな。それから「MIRAGE」に収録されてる曲は勿論、1stアルバム「MOVE」の曲も何曲か披露した。


 この時はちょうど全国ツアーの真っ最中で、全国の各ライブ会場でCDシングルの無料配布をしていた。無料配布をしたCDシングルはアルバムのリミックスバージョンで、各会場とも収録曲が異なっていた。一カ所だけアルバム未収録の曲があり、俺はひそかにそれを期待してた。だけど札幌では(アルバム)未収録の曲ではなく、ちょっとがっかりした記憶がある(バラードだったから尚更?)。ちなみに未収録曲は、ツアーファイナルでもある、御茶ノ水・日仏会館でのライブだった。


 昨日ライブネタについて、一部のコメント職人から「もう飽きた」とか「独りよがり」とかいろいろ書かれた。でもやっぱ書きたい事だから、ライブのネタが尽きるまで書こうと思います(あと20回くらい?)。


 今日は他に書く事が思いつかなかったので、またライブネタだったということをご了承願いたい…。


 以上、Sleep My Dearのライブでした。

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ライブの思い出 その35

 その35 札幌メッセホール


 BATTLE MANIA 94が終わった二日後、札幌メッセホールで堕天使のライブが行われた。とはいってもこの日はワンマンではなく、札幌のバンド2組との対バンであった。


 最初は確かGURUGURUのライブスタッフが率いる、endorphine(エンドルフィン)である。活動自体は結構経っていると思ったが、どんなサウンドかはあまり覚えていない。でも唯一覚えてるのは、サポートドラマーがライブの主催者のM氏だった事かな(本職はベーシストだが)。続いてのバンドも札幌だけど、このバンドに関してはサウンドはおろか、バンド名すら全然覚えていない(苦笑)。


 そして本日のメイン、堕天使の登場である。このライブの直前に、ミニアルバム「処女の罪」をリリースしている。覚えているのはドラマーが髭を生やしていた事かな。地元のバンドが演奏をしている時に、後ろの方で髭がボーボーの人がライブを観ていた。そしたら堕天使のドラマーだった。CDのジャケットでは髭はなく、普通にメイクしていたが、この時はノーメイク(多分)で髭がボーボーであった。


 話しはライブに戻すが、この時はアルバムの曲だけでなく、それ以外の曲も何曲か披露した。アップテンポやメロウな曲など、いろんな曲をやった。ライブの時にひとつ気になった事があった。アンコールの時に、メンバーの一人が飲みかけの水(ペットボトルの)を客席に投げた。他のバンドにも言える事だが、こういう行為は正直どうかと思ったかな。


 いろいろあったけど、ライブが終わった後にアンケートを記入し、スタッフに渡しその場をあとにした。翌日俺は、また同じ場所(メッセホール)で、ライブに足を運ぶのであった。


 以上、札幌メッセホールでのライブでした。

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ライブの思い出・特別編4

 特別編4 BATTLE MANIA 94 最終日


 最終日のトップバッターは、地元のV-POSITION(V-ポジション)である。ツインギター編成となってから、まだ4ヶ月くらいしか経っていなかったが、これからどんな風に変わっていくのか楽しみだと思わせてくれた。


 2番手はMR.JEEKAHN'S(ミスター・ジーカンス)である。元ハーレムQや元ディー・キューセのメンバーら、3人による打ち込みのユニットだ。打ち込みという事もあってか、ライブハウスはディスコ状態と化していた。ライブ終了後に、物販で彼らのCDを購入した。


 3番手はEins:Vier(アインス・フィア)である。早くもアインス・フィアが登場と、ちょっと意外だった感じがした。この時ライブではベースのトラブルにより、不本意なライブ展開だったに違いない。だけどこの次は、パーフェクトなライブを見せてくれるだろうと思った。


 4番手はMEDIA YOUTH(メディア・ユース)である。このライブの翌月に、新作「JESUS CHRIST ROCK'N ROLL」をリリースする彼らだが、前回のライブより一層まとまった感じだった。印象的だったのは、ギターの光線銃プレイだったかな。勿論、他のメンバーも負けていなかった気がする。最後は「Yellow」で締めて、彼らのライブは終了した。


 5番手はVALENTINE D.C.(ヴァレンタインD.C)である。通常では(このバンドでは)あまり声を出さないが、この時はイベントという事もあってか(?)、声を出しまくった。翌月には、いよいよメジャーデビューを控える。これからの彼らに期待したいと思った。


 そして最終日のトリは、黒夢である。いきなりスローテンポの「意志薄弱」で始まった。ニューシングル(当時)「ICE MY LIFE」の時に、ギターの弦が切れるというアクシデントがあったが、新旧を織り交ぜたナンバーで、ライブは終了した。この月に、ミニアルバム「Cruel」をリリースするのである。


 イベントの最後に、主催者のM氏がステージに上がり挨拶をした。でも挨拶を聞いてると、なんか涙ぐんでる(?)ように見えたような気がした。


 この三日間は、ほんと充実してたね。もうこんな顔ぶれは二度と見られないだろう。今までで、1番最高のライブといっても過言ではないと思うね。

 以上、BATTLE MANIA 94でした。

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ライブの思い出・特別編3

 特別編3 BATTLE MANIA 94 二日目


 二日目のトップバッターは、LITTLE VAMPIRE(リトルバンパイア)だ。メンバー全員が髪の色が緑色という事で話題になっていた彼らだが、今回が初の来札であった。だけど演奏よりも、MCと元気なステージの方が印象が強かったような気がした。


 2番手はKILL=SLAYD(キル=スレイド)である。前回は3月に来札したが、この時は観に行っていなかったので、今回が初めて生で(キル=スレイドの)ライブを観た。5曲のみの演奏だったが、どれも退廃的で終末感漂う印象を受けた。尚しばらくしてからドラマーが健康上の理由により脱退し、元GLAYのドラマーが加入するのである。


 3番手はアナーキスト・レコード所属で、地元を代表するTHE PIASS(ザ・ピアス)だ。プロレスラーの長州力のテーマをSEにしての登場である。地元という事もあってか、客がイッキに前列に詰め寄った。いろんなタイプの曲を演奏したが、メリハリの効いたステージ展開だった。そろそろ新しい音源を期待する俺である。


 4番手はSPEED-iD(スピード-iD)である。ギタリストが交通事故により療養中の為、ヘルパーを迎えてのライブだった。前日のカラーと同様、ブラックライトを使用したあやしげな雰囲気のステージであった。尚このライブから数日後に、療養中だったギタリストが脱退を表明し、ヘルパーだったメンバーが正式にバンドに加入している。


 5番手はTHREE EYES JACK(スリー・アイズ・ジャック)の登場だ。三ヶ月ぶりの来札で、前回よりも鋭い感じのステージングだったような気がする。俺としてはそろそろメジャー展開するのかなぁと思ったが、翌年の初頭にベーシストが突如脱退を表明するのであった。


 そして二日目のトリは、GARGOYLE(ガーゴイル)である。この日はイベントという事もあってか、喜怒哀楽の゙怒"が前面に出ていた印象だった。でも途中でメロウな曲や、ダンサブルなナンバーを披露し、最後は彼ららしい゙毒"を持つ曲をプレイしライブは終了した。しかし、しばらくの間は曲作りの為にライブが観られないと知ってる客は、アンコールを要求。だけど時間の都合で演奏はできなかったが、今回のイベントの主催者のM氏をステージに迎え、挨拶をして二日目のステージは終了した。


 次回に続く…。

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ライブの思い出・特別編2

 特別編2 BATTLE MANIA 94 初日後編


※前編からの続き


 4番手はTHE DEAD POP STARS(デッドポップスターズ)の登場である。最初はニューアルバム(当時)からのナンバー「W・A・R」であった。それからパンキッシュな曲あり、ジャパメタを彷彿させる曲あり、バラードありと、幅広い曲調で攻めていった。そしてラストの「旗の下に」では、客も待ってましたとばかりに大爆発した感じだった。そしてライブ終了後に、ニューアルバム(会場の方が店頭より一ヶ月リリースが早かった)を購入したのは言うまでもない…。


 5番手はCOLOR(カラー)の登場である。ここまでのバンドは激しい曲を中心に攻めていったが、ここではちょっと休憩(?)っていう感じであった。カラーはこれまでは過激っていう印象だったが、前年から打ち込みを多用したサウンドへと変貌していった。方向転換した事もあってか、会場はフラッシュとブラックライトのみのクラブ風な感じであった。昔からプレイしている「FOOL'S! GET LUCKY!!」や「DOLPHIN KICKS」が、テンポやバックが変わってるものの、メロディに聞き覚えがある事には変わりはない印象を受けた。半年後カラーは再び来札するのだが、俺がGURUGURUのライブスタッフになり、まさかバンドの手伝いをする事になるとは夢にも思わなかった…。


 6番手はAION(アイオン)の登場である。3年ぶりの札幌であるが、俺としてはアイオンは初めてライブを観る事になる。最初に演奏した曲は、初期の曲「HUMAN GRIEFMAN」で、それから最新アルバム(当時)の曲を演奏し、最後はインディーズ時代の「MA-G-MA」で締めた。終始激しい曲で攻め、客を圧倒した感じだった。


 そしていよいよ初日のトリ、東京ヤンキースの登場である。ニューアルバムの発売が待たれるヤンキースだが、その中から「FIRE BIRD」を披露。いわゆる速いテンポのハード・チューンではなく、土くさいロックンロールをヤンキースなりにアレンジしたイカしたナンバーである。それから立て続けに激しいナンバーで攻め、またも客を圧倒した。そして最後に客全員が両腕を高々と挙げ、イベント初日は幕を閉じた。


 ライブ終了後に物販コーナーに行き、CDやデモテープを購入した。ちなみにこの時、ライブで一番喉を枯らしたような気がした…。


 続く…。

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ライブの思い出・特別編1

 特別編1 BATTLE MANIA 94・初日前編


 今回は話があまりにも長い為、何回か分けて特別編という形で語ろうと思います。


 1994年8月5日から7日の3日間、札幌GURUGURUがエジソンから独立し、その一周年記念イベント「BATTLE MANIA 94」が、札幌ペニーレーン24で行われた。


 このイベントをやる一ヶ月程前に、チケットの前売券の発売が開始して、俺は仕事の合間に電話で予約した。確かチケットは1日3800円だったと思うが、通し券だと1万円であった。通し券を購入すれば、このイベントに出演したバンドのメッセージ入りのCDがプレゼントされた。だから当然俺は通し券を購入した。


 そしてライブ当日の日が来た…。


 トップバッターは地元のHARKEN KREUZ(ハーケンクロイツ)である。この日はイベントという事もあって、3曲した演奏しなかった。だけど一層攻撃力が増した感じで、これから期待できそうと思ったかな。この時期に遂にデモテープを発売し、ライブ終了後に当然ながら購入した。


 続いてはYOUTH QUAKE(ユースクエイク)の登場だ。本当は出演の予定ではなかったが、急遽飛び入りという形での登場であった。飛び入りという事もあって2曲だけしか演奏しなかったが、充分インパクトを与えたと思う。この次の札幌でのライブが楽しみだと思わせてくれた。


 3番手はVOLCANO(ヴォルカノ)である。元ガーゴイルの屍忌蛇が中心に結成されたバンドであり、元バイラス、元ローゼンフェルド、元エズラ等のメンバーが揃っていた。特にヴォーカルは坊主頭で、別の意味(?)で客にインパクトを与えた。ヴォーカルスタイルも、昔のフラットバッカーを思わせてくれた感じだった。ちょうどこの時期にCDシングルを会場限定で販売し、ライブ終了後に(再び)当然ながら購入した。


 次回に続く…。

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ライブの思い出 その34

 その34 札幌メッセホール


 今回はひとつのライブだけだと、あまりにも文が短くなるので、二つまとめて語ろうと思います。


 まずはBILLY & THE SLUTS(ビリー&ザ・スラッツ)。


 あれは確か1994年7月頃だったと思う。札幌メッセホールでビリー&ザ・スラッツ(以下ビリスラ)のライブが行われたのは。あの時は仕事だったのだが、仕事が早く終わったので、当日券を購入してビリスラのライブを観に行った。


 覚えてるのはベーシストが「根性」という文字が入った衣装を着て、MCで「俺は根性なんて言葉は大嫌い」と言った事かな(笑)。それとドラムセットが、前回観に行った時はツーバスでラックを組んだ派手なセッティングだったのに、この時からシンプルなセッティングになっていた事かな。勿論新曲も披露し、早く音源化しないかなぁと思った。


 ちなみにこのライブから数日後に、結成当初からいたベーシストがバンドから脱退してしまうのであった…。


 続いてSLIDE RARE(スライド・レア)。


 1994年8月に再びメッセホールで、スライド・レアのライブ(しかもワンマン)が行われた。元SILVER ROSE(シルバー・ローズ)のYOWMAY率いる新バンドで、サウンドはドライブ感溢れるハードR&Rであった。他のメンバーのルックスからして、ヴィジュアル系とは程遠い印象を受けた。


 覚えてるのはMCの時に、「このライブを観ると、お通じ(?)に効果あるよ」と、言ってたような気がする。だけどあまり変わらなかったと思うけどね(まあ別に便秘じゃないから)。


 このライブを観てるとYOWMAY氏は、シルバー・ローズの時に比べると、わりと愛想よい印象を受けた。最後は前の方にいた客に、両手でハイタッチをしてた。ちなみにこのライブの直前に、ミニアルバムをリリースしている。


 次回はGURUGURU一周年記念イベント、「BATTLE MANIA 94」について語ろうと思います。このイベントは3日に渡って行われたので、3回に分けて書こうかなぁと思っています。


 以上、札幌メッセホールのライブでした。

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ライブの思い出 その33

 その33 札幌メッセホール


 1994年6月の半ば、札幌メッセホールでDEATHTOPIA(デストピア)と黒蜴蝶(くろあげは)のライブが行われた。


 デストピアに関しては、前年の11月以来だから、今回見るのは2度目である。前回はMCがなんか腰の低い感じだったけど、今回はライブを重ねたせいか(?)、ちょっと態度がデカくなったような印象を受けたかな(笑)。


 続いては黒蜴蝶の登場である。黒蜴蝶は前年に結成され、当時のヴォーカルは白塗りメイクといういで立ちで、マスコミにも話題になった。だけどその後ヴォーカルとドラムがチェンジして、メンバーチェンジしてから間もないうちでの全国ツアーであった。


 これまで黒蜴蝶が出した音源は、デモテープとオムニバスアルバムに参加したのみだった。だけど何れも前ラインナップの音源で、今回のライブは現ラインナップでの音に触れる形であった。


 最初に演奏した曲は、確かこの年にリリースされたオムニバスに参加した曲だったと思う。ヴォーカルが変わった直後もあってか、雰囲気がかなり違った印象を受けた。これまでリリースした音源も、新曲のように感じたのは気のせいであろうか?


 ライブ終了後、物販で黒蜴蝶の会場限定のCDシングルを購入した。収録曲は「SAD SONG」という曲で、バンド結成当初に録音したデモテープの新録である。家に帰って早速聴くと、物凄くハマった記憶がある。曲はかなり長いのに(7分くらい?)、それを感じさせないスピーディーかつメロディアスな曲である。もうあの時は、一日に何度も聴いた事か。


 メンバーチェンジ後のヴォーカルは、当時は音楽雑誌などで手厳しい評価を受けていたが、俺はこのバンドにマッチしていると思った。まあ多少音程の不安定さは否めなかったけど、前任者よりは全然よかったと思うけど…。


 早くこのメンバーでのアルバムが出ないかなぁと思う俺であった…。


 以上、札幌メッセホールでのライブでした。

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ライブの思い出 その32

 その32 GARGOYLE


 1994年5月、札幌メッセホールでGARGOYLE(ガーゴイル)のライブが行われた。確かこの日は2DAYSだったが、俺は仕事の都合上により二日目しか行けなかった。


 ライブの前日、札幌GURUGURUでサイン会が行われた。仕事が終わってからすぐ(サイン会に)行こうと思ったが、思ったより仕事が長引いてしまった。仕事が終わった時にはすでに8時をまわっていた。この時は「もう(サイン会が)終わってるだろうと」思い、ほとんど諦めていた。でも駄目元でGURUGURUに行くと、まだサイン会は続いていたのである。しかもまだ人が列んでいて、当然ながら俺は順番待ちをした。いよいよ俺の番になると、メンバーそれぞれに最新(当時)アルバムのジャケットにサインをしてもらい、そして握手をしてもらった。あの時はホントに駄目だと思ったから、嬉しさも倍増だったような気がしたね。


 話しはライブに戻すが、このライブの三ヶ月前に、アルバム「月の棘」をリリースした。で、今回はメンバーチェンジ後の初のライブであり、しかもツインギター編成としての初の来札である。ツインギター編成になった事で、サウンドにより厚みが増したような印象を受けた。


 この日に演った曲は最新アルバムは勿論、過去の曲も何曲か演奏した。最新アルバムで特によかった曲は、「完全な毒を要求する」と「省略形達よ」かな。特に「完全な~」は、KIBA氏が「我々はここに、完全な毒を要求する」と、拡声器でシャウトしたのが印象的だったかな。


 それから「BALA薔薇VARA」や「HALLELUYAH」などが演奏し、客はさらに盛り上がった。そしてアンコールに突入すると、メンバーは全員上半身裸になり、さらに客を煽った。アンコールでは確か1stアルバムに収録されていた「DESTROY」を演奏し、それから何曲かアンコールに応えた(と思う)。そして最後は2ndの収録曲、「ヂレンマ」を演奏してライブは幕を閉じた。


 ライブが終わった後、アンケートを記入して会場をあとにした。会場を出ると、外で知り合いのバンドマンが自分達のライブチケットを売っていた。俺も「買わないか?」と言われたが、時間の都合もあるのでチケットに関しては保留にした。


 ガーゴイルが次に来札するのは、GURUGURU一周年記念イベントであった…。


 以上、GARGOYLEのライブでした。

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独断と偏見ランキング・アルバム編(黒夢の巻)

 黒夢の巻


1位:CORKSCREW
 1位は断トツにこれだね。のっけから飛ばしまくって、途中で落ち着いた感じになるけど、全体的に激しいアルバムだったと思うね。
 シングル曲「MARIA」のアルバムバージョンは勿論、「SPOON & CAFFEINE」、「後遺症-aftereffect-」、「CANDY」が特によかったね。


2位:Drug Treatment
 この頃から黒夢は、もう完全に゙ヴィジュアル系"から脱し、パンク系に移行した印象を受けたかな。
 このアルバムで好きな曲は、「Like @ Angel」や「Spray」のアルバムバージョンは勿論、「DISTRACTION」や「NEEDLESS」などもよかったね。中でも最後の曲、「BAD SPEED PLAY」は勢いがあったね。カラオケで歌いたい曲でもある。


3位:FAKE STAR
 このアルバムは(黒夢の)中期と後期の境目っていう印象を受けたかな。
 前作(feminism)が少々落ち着いた感じがしたので、このアルバムでは再び勢いを取り戻したような気がしたと思うね。
 後期の黒夢でも演奏されている「FAKE STAR」や「BARTER」が、このアルバムの中では特によかったね。あと「S.O.S」も好きかな。


次点:Cruel
 これは6曲入ミニアルバムで、3人編成としては最後の音源である。
 「CHANDLER」や「Sick」は後期の黒夢に通じる曲だと思うし、現に「Sick」は後のシングル「NITE & DAY」のカップリングに収録されているしね。
 だけどこのアルバムを最後にギターの臣が脱退してしまい、臣作曲の曲は捨て曲(多分)になってしまったのは、残念だったかな。


 黒夢って、俺的には初期・中期・後期に分かれているような感じがする。初期はインディーズ時代で、中期はメジャーデビューからアルバム「FAKE STAR」までで、そして後期はシングル「Like @ Angel」から活動停止までだと思う。
 考えてみれば初期と後期とでは、全くの別のバンドだと思う。だけど俺は後期の方が圧倒的に好きである(勿論、初期も好きだが)。


 近いうちに黒夢の好きな曲、゙特"豪華版(ベスト50)をやる予定です。


 以上、黒夢の巻でした。

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ライブの思い出 その31

 その31 THREE EYES JACK


 妃阿甦(ピアス)集会に行った数日後に、今度はTHREE EYES JACK(スリーアイズジャック)のライブを観に行ってきた。


 ライブの前日に札幌GURUGURUでのサイン会が行われ、俺は仕事が終わってすぐにサイン会へ足を運んだ。あの時は確か7時近くにGURUGURUへ行き、何とかギリギリ間に合った。で、メンバーそれぞれにサインをしてもらい、写真を取って握手をしてもらった。


 そしていよいよライブの日である…。


 会場は札幌メッセホールで、客もわりと入っていたような気がする。当時の音楽雑誌によると、(スリーアイズ)ジャックは客の半分以上が男だったらしい。だけど札幌では、男の客はあんまりいなかったような気がした。それでも俺は前の方へ行って、思う存分ノッていたかな。


 ジャックはこの時までリリースした音源は、マキシシングル1枚(3曲入)と、フルアルバム1枚(9曲入)と、ビデオ1本と、オムニバスアルバムに1曲参加したやつの以上であった。


 ライブでやった曲は、すでに発表された曲は勿論、音源化されていない曲も何曲か演奏した。中でも盛り上がった曲は、ビデオに入っていたCDシングル「COUNT DOWN(ライブバージョン)」だったかな。ライブ当日もライブバージョンのように、サビの部分を何度も繰り返してた。その後「砂の城」という曲で、サビの部分で客が手を左右に振っていた(と思う)。ちなみに俺はジャックの曲の中では、これ(砂の城)が一番好きである。


 考えてみればジャックは、この2年間(93~94年頃)が全盛期だったような気がする。全盛期の時は、黒夢やラルクと同等の人気を誇っていたと言っても過言ではないと思う。


 ジャックがこの次来札するのは、同年の8月に行われた「BATTLE MANIA 94」のイベントであった。だけどこれが、このメンバーとして最後の来札になろうとは…。


 以上、THREE EYES JACKのライブでした。

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独断と偏見ランキング・アルバム編(PENICILLINの巻)

 次は何を書こうかなぁと考えていたが、ちょうどPENICILLINの曲を聴いていたので、俺が好きなPENICILLINのアルバムのランキングを考えました。


 PENICILLINの巻


1位:VIBE∞
 記念すべきメジャーデビューアルバムで、「Missing Link」とどっちを1位にしようかなぁと考えたけど、僅差でこっち(VIBE∞)を選びました。
 中でもメジャーデビューシングル、「BLUE MOON/天使を目覚めて(両A面)」は特によかったね。


2位:Missing Link
 前作(Penicillin Shock)よりも攻撃性が増したような印象を受け、特に「Chaos」と「Brand New Lover」と「Virginal」がよかったね。またボーナストラックとして、「Imitation Queen」が収録されている。
 俺の周りではPENICILLINのアルバムでは、これが一番と挙げる者が多いような気がするね。


3位:God of grind
 これは1stアルバム「Penicillin Shock」のリ・レコーディングで、限定盤にはボーナストラックが収録されている。
 ちなみに「Penicillin Shock」リリース時は、メンバーは5人編成であった(クレジットのみだけだが)。


 ランキングに関しては、フルアルバム限定にさせてもらいました。このランキングの順位は、これからも変わらないと思うね(それ以降のアルバムは、俺的にばんー"って感じだから?)。


 暇があれば、今度はPENICILLINの好きな曲(ベスト30くらい?)のランキングを考えようかなぁと思います。


 以上、PENICILLINの巻でした。

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ライブの思い出 その30

 その30 妃阿甦集会

 1994年5月の始め頃、札幌ベッシーホールで妃阿甦(ピアス)集会が行われた。

 前回(3月)はアナーキスト所属のバンドのみだったが、今回は札幌のバンドのみで行われた。この時の出演バンドは、このイベントの主催バンドTHE PIASS(ザ・ピアス)、HARKEN KREUZ(ハーケンクロイツ)、ERECTION(エレクション)、ラサラ(←スペルを忘れた)の以上4バンドであった。

 この日のイベントのMCはピアスのドラムと、Vポジションのギターと、GURUGURUのライブスタッフで、MCの紹介でそれぞれのバンドが登場した。

 確か最初はエレクションだったと思う。サウンドはHR/HMをベースにしたヴィジュアル系バンドであった。残念ながら公式な音源を発表する事なく、バンドは解散してしまった。でもこのバンドのギタリストは、後にGRUDGE CURSE(グラッジ・カース)やSUCKERxPUNCH(サッカー・パンチ)などで活動していた。

 次はラサラで、このバンドも音源は発表していない。さっきこのライブで撮った写真を見たんだけど、ギターは高崎モデル(Killerのプライムシェイプ)を使用していた。ちなみにドラマーは、後のCrime of Fiction(クライム・オブ・フィクション)である。

 次は確かこの日の主催バンド、ザ・ピアスの登場である。ピアスはもうこの頃すでに、札幌を代表するヴィジュアル系バンドに成長したと言っても過言ではなかった。いつかは全国区でブレイクする事を願っていた。

 最後はハーケン・クロイツの登場である。新ベーシストが加入してからのライブを見るのは今回が2度目で、さらに攻撃性が増していったような感じがした。この三ヶ月後に、遂に待望のデモテープがリリースされるのであった。

 以上、妃阿甦集会でした。

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独断と偏見ランキング・アルバム編(かまいたちの巻)

 かまいたちの巻


1位:はちゃめちゃ狂(1990年9月リリース)
 かまいたちのメジャーデビューアルバムで、俺としては(かまいたちの中で)やっぱこれが一番だね。最初に聴いたのはレンタル店で借りた時で、かなりハマった記憶がある。
 このアルバムは全12曲が収録されているが、「TOY DOLLS」以外全て曲の長さが3分以内である。だけど中身は充分濃いと思うね。
 このアルバムの中では、「かMARCH」と「FACE to FACE」と「女心と秋の空」が特によかったね。


2位:JEKYLL to HYDE(1991年6月リリース)
 「はちゃめちゃ狂」に続くアルバムで、収録曲も前作に比べかなり長くなっている。中には5分を超える曲もあるけど、あまり長くは感じなかったと思う。
 このアルバムで特に好きな曲は、「MASTURBATION」と「綺麗事」と「I LOVE YOU」かな。だけどこのアルバムをリリースして間もなく解散宣言するとは、夢にも思わなかったね。


3位:いたちごっこ(1989年9月リリース)
 かまいたちの記念すべき1stアルバムである。
 中にはメジャーデビューアルバムの曲と何曲かはダブっているが、俺としてはこっちの方が面白い感じがするね。
 余談だがボーナストラックには、当時リリースされたオムニバスアルバムに参加した曲のリメイクが収録されている。オムニバスの時はピー音が連発しているが、このアルバムにはピー音は全く処理されていない。だけど歌詞カードは載せておらず、自己解読するしかないのである(俺の口からは言えません)。


 かまいたちはオリジナルアルバムは3枚しかリリースされていないけど、どれも名盤だと俺は思うね。ただ心残りは、もっと曲を聴きたかったかな。


 解散してから17年も経つが、記憶に残るバンドと言っても過言ではないと俺は思うね。


 以上、かまいたちの巻でした。

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ライブの思い出 その29

 その29 黒夢


 1994年4月の下旬、ペニーレーン24で黒夢のライブが行われた。札幌に来るのは前年の12月以来で、メジャーデビュー後初の来札である。


 いつものようにライブハウスの外で順番待ちをして、会場の入口に近づくとチケットを差し出し、あとは開演時間を待つだけだった。


 そして開演時間になり、メンバーが入場した。どんな曲から入るのかなぁと思ったら、ファンの意表(?)をついていきなり静かな曲からスタートした。俺の記憶だと最初の曲は、ニューアルバム(当時)「迷える百合達」の「百合の花束」であった。そして2曲目はインディーズラストアルバム「亡き骸を…」の「亡き骸を…」だった。


 それからはアップテンポとミドルテンポの曲を織り交ぜ、メジャーの曲とインディーズの曲を問わず演奏をした。当然だがメジャーデビューシングル「for dear」も演奏して、客を熱狂させた(はず)。それから一曲聴き覚えのない曲が演奏され、「何かいい曲だなぁ」と感じた。これは後のニューシングル「ICE MY LIFE」であった。


 アンコールに入り、何曲か演奏した。そして黒夢の代表曲である「中絶」や「親愛なるDEATHMASK」を演奏して、ライブは幕を閉じた(多分)。


 黒夢が次に来札するのは、8月に行われたGURUGURU一周年記念イベント「BATTLE MANIA 94」であった…。


 以上、黒夢のライブでした。

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